kolmas.tech note

雑記と思索、偏った技術の覚え書き

「チ。」を読んだ:技術発展・社会変革と人

前回から大分間が空いてしまい、また通読して以来の時間もかなり経ってしまったが、「チ。-地球の運動について-」の感想その3。今回の話題の起点は主に第7集及び第8集、及びそれを含む第三部関連。

以前の感想エントリは以下。 blog.kolmas.tech blog.kolmas.tech

活版印刷と火薬

What gunpowder did for war, the printing press has done for the mind. (思想にとっての印刷は、戦争にとっての火薬のような役割を果たした。) --Wendell Phillips (和訳はCivilization4攻略Wiki - テクノロジー格言集より1

活版印刷は、作中世界においては、第三部の時期に新たに確立された技術である。組織長ヨレンタ率いる異端解放戦線は、第二部でオクジーが地動説について綴り、バデーニの機転により第三部の時期にまで残された本を出版しようとする。作中世界で支配的な立ち位置を持っているC教正統派で異端とされているこの本を流通させることで、その正当性を揺るがす事が目的である。その先には、さのような情報が「解放」されて自由に流通できる世界を目指している。その目的にあたり、従来手法よりも遥かに高効率に写本を生産できる活版印刷術に着目している。これは、作中世界の情報流通の速度を大きく引き上げるものである。現実世界でも、活版印刷術の発明は本の流通増を通じて社会の変革に繋がったという。 ja.wikipedia.org

火薬も同様に、作中世界における第三部の時期にもたらされた技術である。異端解放戦線により、第三部冒頭における件の本の奪取や、組織長ヨレンタの自爆による目眩しに使われている。こちらも、戦闘の場面においてその登場以前の常識を通用させない革新的な技術であることが、特に前者、本の奪取の場面において端的に描かれている。後者の組織長ヨレンタの自爆の場面においても、追跡してきたアッシュ等審問官の予想しない形での自爆が、彼等に強い影響を残している。

このような最新の技術に対するノヴァクの「最新技術はまず悪事に利用される」という発言は、ある意味で正しくもあり、一方で将来の可能性の否定でもある。私とて仮にも技術者の端くれ、ノヴァクのこの発言には素直には首肯し難い。技術そのものには善も悪もなく2、故に技術の発展を抑止する術はない。それを乗りこなすための人の知性が問われる問題である。

革新は止められない

また、第三部の作中世界では、そもそもC教正統派の権威が揺らぎ、社会の変革が進まんとしている。それはドゥラカがアントニの前で放った「今や市民は"宗教"より"娯楽"を欲している。」や、ノヴァクに対して自らの立ち位置を述べた「これから来る、"金"の時代に。」といった発言で示されている。ドゥラカのこの発言に対してノヴァクは反駁しているが、彼の指摘するその変革の善し悪しに関する見解に関わらず、そのような社会全体の変革はそう止められるものではない。

技術発展にしても社会変革にしても、止めようとして止められる類のものではない。そしてそれらは、長期的視点に立てば忌むべき事ではあるまい。火薬は、確かに作中に描かれているような恐ろしい使い方が出来る技術であるが、一方で現実世界において今や欠かせない技術の一つである。また活版印刷についても、それ自体は現代の発展した印刷技術と比して最早時代遅れのものではあるが、長きにわたって社会における情報流通を支え、個人が様々な情報を入手しうるという現代社会の一端を形作った技術であることには違いない。社会変革については人によって様々な考え方はあろうが、少なくとも私個人としては、長期的に見ればこれまで良い方向に社会は進んできていたと思う。

ここでノヴァクの反駁に戻る。彼は、神に道標を与えられなくなった人が、技術発展や社会変革の中で起こしうる悲劇の可能性に言及する。その、ある意味で人類知性を信用していない姿勢は、実はノヴァクだけのものではなく、彼と対極の立ち位置にいるはずである異端解放戦線のシュミットにも共通している。彼は端的に、人の知性を信じていないと発言している。彼は人の作った技術や社会、ひいては人の作った神をも否定しており、自然に神性を見出してそれを崇めている。

これに対してドゥラカは、人が責任を持つべきという姿勢を取る。

過渡期の知性

ノヴァクが問いかけた悲劇の可能性を、ドゥラカは否定していない。ただ、その責任は人にあり、故に悲劇からの反省と自立を経て、技術発展や社会変革に対応できるものへと人類知性が進んでいけるという考えを示している。神による道標無しには人は迷う事になると問うノヴァクに対して、ドゥラカは迷いの中に倫理があるとして上記の考えを述べた。この彼女の言葉は、同じ問いをかけられたヨレンタが彼女に与えたものである。

現実世界において、火薬や、活版印刷から更に発展した印刷技術が、今や欠かせないものになっているのは先述の通りである。現代の人類知性は、それらの技術や、それらがもたらした社会を前提に成り立っているとも言える。技術や社会の革新は人類知性を拡張しているのである。人類知性全体の視点だけでなく一人一人の人間という視点から見ても、例えば、活版印刷の発明以前の情報の流通量と比べたら、今や莫大な量の情報を日々捌いている。これもまた、各個人の知性が技術によって拡張されたもの3といえよう。

この知性の拡張こそ、ドゥラカの指摘する所であろう。それは即ち、例えば活版印刷といった新しい技術がもたらす混乱を乗り越え、それらを当たり前かつ平和的に4使いこなすようになった人類知性の歩みである。社会の変遷についても同じように言えよう。ただ、その段階に至るまで、即ち知性拡張の過渡期において、技術発展・社会変革が負の側面を持つ事は否定されない。人はこれまで、その責任を受け入れ、それを乗り越える事で進んできたのである。その可能性を肯定するのがドゥラカの立ち位置である。

増大する振れ幅

このドゥラカの立ち位置について私は、基本的には賛成・同調するところである。ただ、だからといって楽観は出来かねる、という事を特に最近は感じている。

人類文明の発展度というか成熟度というか、若しくは幸福度とでも言うか、そういった概念の推移を図示する折れ線グラフを想像してみる。ここでは、このグラフは横軸に時間を左から右へ進む方向に、縦軸にその発展度・成熟度を高まるほど上に進む方向に取るものとする。このグラフは、大局的に見れば、右肩上がりなものになっているであろう。一方で、このグラフを局所的に見ると、上がったり下がったり、ジグザグしているように思う。即ち、上述した技術等の発展に伴う知性拡張の過渡期における負の側面の存在である。そのため短期的にはグラフが下がる時もありつつ、ただ上述の通り、人類知性はいずれそれを乗り越えてグラフを上向かせ、結果として大局的には右肩上がりになっていく。

懸念するところは、このジグザグの振れ幅が、技術等の発展に伴って大きくなってきているという事である。作中で火薬を起点に語られる技術の負の側面、例えばこれと比較して核反応技術を考えてみる。原子力発電等の平和的用途が人類文明をより豊かにし得る一方で、使いようによっては遥かに高効率に大量死を招き得るし、しかもその実績もある。グラフが下方向に振れる幅が、火薬発明の時代と比べて遥かに大きい。核反応技術に限らず、これから先の更なる技術等の発展が、この振れ幅を更に大きくしていく可能性もある。そうした背景の中、いつか何かのタイミングでグラフがふっと下方向に振れた時に、それが人類文明を崩壊せしめる一線を易々と踏み越えていく、という時は、来ても全くおかしい事ではない。

一方で上述の通り、また以前のエントリでも述べた通り、私は技術等の発展を目指す事には肯定的である。それら発展がもたらす正の側面が長期的には人類文明を良い方向に進めると信じている。またそもそも、技術等の発展を無理に抑え込む事そのものが難しい。本作でも示されているように、それら発展の原動力となる人の好奇心は絶える事はない。

人の責任

そのような中で現代の人に求められる事は、起こり得る極端なグラフの下振れを抑止しつつ5、その上で発展を目指していく事に他ならない。少なくとも我々は、この「下振れ」が存在する事は歴史から知っている筈である。それがいつでも発生し得るものてあるということを、個人が常に意識しておかねばならない。その引き金を引くのは、上述した核反応技術のようなある意味で天の上の話題だけでは無く、我々一般人の身近な所にある何かでもあり得る。

ヨレンタが言う所の「この世にある悪を善に変える」という神の意思、そしてドゥラカは、我々の中に宿る神性は消せないと言う。私は神を信じていないが、人類知性にあるその可能性は肯定したい。そのためには、個々の人がそれぞれにその意識を持っていなければならない。


  1. Civilization、初心者向け難易度でしかやった事が無いが、とても面白いゲームである。Civ4とCiv6を少しずつ経験。Civ7も出たそうだが、この無限に時間を溶かすゲームシリーズをやっている余力は私には最早無い。
  2. 所謂「Winny裁判」の事が思い出される。
  3. ただ、最近のウェブ上でやり取りされる情報量の増大は、人の知性拡張の速度を超えている気はしている。これについては別途書きたい。
  4. 火薬に関しては、未だ人死の出る使い方もされ続けているという点で、人類知性はまだまだなのであろうが。
  5. あらゆる「下振れ」を抑止する事は出来なかろうと思う。それでも、大きな危機くらいは見抜かねばならぬ。