kolmas.tech note

雑記と思索、偏った技術の覚え書き

何を強化しているのか

あるいは、何を強化してしまっているのか。

応用行動分析の本を読んだ

副題が素敵1な応用行動分析=ABAの本を読んだ。以前読んだ藤居氏の本の最後で薦められていた本の一冊である。

翻訳本であり、原著2の著者カレン・プライア氏は動物トレーナーの背景を持っている。その背景から明らかな通り、本書は自閉症療育の本ではなく、応用行動分析そのものの本である。ただ、動物だけでなく人間にも適用可能な、根本的な応用行動分析の考え方について説明されており、それは長男の自閉症療育の文脈で聞きかじった応用行動分析の話にもしっかりと通じていた。聞きかじり、の段階から、まとまって整理された本を読んだ事による理解、の段階に進んだのは大変良い事だった。

繰り返しであるが、本書の話題は自閉症療育ではない。自閉症療育において、応用行動分析的手法を活用した療育法は数多あり、それぞれ様々な考え方に依るものであるとの事3だが、それらの解説は含まれない。少し紛らわしいが、件の藤居氏の本においても、応用行動分析そのものと、応用行動分析を活用した自閉症療育法とが混同されがちであるという言及があったように思う。本エントリで紹介する上掲の本は、明確にそれら二つのうち前者を解説するものである。

好子による強化

好子は強化子とも呼ばれる4が、本書では好子と呼ばれているのでそれに従う。好子を提示する事で望ましい行動がより発現するようにする=その行動を強化する事は、応用行動分析的手法の基本である。本書では、この部分について網羅的な解説がなされている。即ち、好子と嫌子、好子による強化、条件性好子、強化スケジュール=連続強化と固定強化・変動強化等の話題が網羅されている。

応用行動分析的手法に対する批判として「餌付け」のようであると言われるのはまさにこの部分であるが、この本にしても長男を見てもらっている療育の先生方にしても、これは否定する所である。まず第一に、ある行動を定着させるために常に好子を与え続けなければならない訳ではない。最初期はそうする=連続強化する必要があれども、一定程度その行動が定着してきたら、好子を与えるか与えないかをランダムにしていく=変動強化にしていく事によって、その行動をより強固に定着できる。その行動自体に内在的な好子が見出されれば、最早それ以外の好子を与えて外部から強化してやる必要もない。

私のような素人にとっては、その連続強化から変動強化へ移行していくタイミング、また変動強化においてもどれくらいの間隔を置くか、という匙加減が難しいところではある。指導者・療育者にとって、ここは勇気が必要な所なのだと思う。今の段階で連続強化をやめてしまったら定着しかけていたその行動が無くなってしまうのではないか、という先が読めない中で、変動強化への移行を踏み切らなければならない。指導者・療育者としての経験が積まれていくと、そのタイミングが見えるようになってくるのだろうか?私は折衷として、好子の量をランダムにするためのタイマーを作ったりした。

条件性好子

「餌付け」論に対する第二の反駁は、条件性好子の獲得である。それこそ食事・おやつといったある意味で生得的な好子を常に使い続ける訳ではなく、他の好子と結びつく事で後天的に好子と認識された何か=条件性好子を用いる。労働に対して与えられる賃金も、他の好子と交換可能である事によって好子となる条件性好子である。賃金を求めて労働する事を「餌付けされている」とは呼ぶまい。条件性好子にも様々な分類があるようで、それは本書では説明されていないが、例えば以下のような解説が見つかる。この解説で挙げられている中で、例えば「行動内在的強化子」はまさに上述の「行動自体に内在的な好子」である。 www.hope.mark-no-juku.com

上掲記事での分類・解説の中では、他に「社会的強化子」が目に止まる。定型発達児と比較したときに、自閉症児は人に対する関心が薄いという。つまり社会的強化子が機能しにくい。その上で何かしらの行動を身につけさせるためのアプローチは「別の類の好子を用いる」か「社会的強化子が条件性好子として機能するようにする」の二択であるように思われる。そう思うと、様々な療育のアプローチを分類できそうである。長男を通わせている療育のうち、ある所で頂くアドバイスには、人との関わり合いが楽しい事である、人と関わると良い事がある、という事を分かってもらうという事に重点がある。これは後者の考え方である。一方、スキル獲得を主軸に置いた考え方の療育も受けていて、そこでのアプローチは前者に近しい。

恐らく、どちらのアプローチも必要なのだろうと思う。様々な物事について、人から教えられたり人を真似したりする事で修得していくと考えれば、その土台として、人とのポジティブな関わり合いから好子が得られるようになっている方が良いだろう。これに必要なのは後者のアプローチである。一方で、それはそれとして早々に身に付けた方が良いスキルもある。例えば生活技能や命名、文字等が考えられ、それらについては前者のアプローチで上記と並行して進めれば良さそうである。

社会性というもの

本書の内容からは外れるが、そのような事を考えると、社会性というものも応用行動分析的な視点で見る事が出来そうに思えてくる。即ち、自分に対する他人の反応には好子たるものと嫌子たるものがあって、その中で嫌子を避け、好子が得られるような行動が強化されていった末に形成されるのが、社会的に適切な振る舞いであるような気がする。手探りで見出す社会性、とでも言えるか。

なればこそ上述の、社会的強化子の条件性好子としての成立は重要である。さらにその時、何が元より好子として与えられたものなのかを理解できる必要もある。例えば他人に怒られるといった、与えている側としては嫌子のつもりの行為が、受けた側には好子として捉えられうる事は、本書でも述べられている。人の反応・社会的関わりという点において、この区別は難しいのかもしれない。人の好意的な反応を条件性好子として成立させる働きは普通になされると思うが、逆の反応を条件性嫌子として成立させる試みは、意図して明示的に5行われまい。子供にしてみれば、どちらも他人の反応が引き出されたという点で好子たるのかもしれない。しかしそれでは、社会的強化子が適切に成立しているとはいえまい。

そう思えば、子供に対して怒るといった、こちらとしては社会的な嫌子を意図している反応を用いる事について、子供にある程度の分別が付かないうちは避けるべき、というのは道理である。そもそも、問題行動をやめさせる方法論として嫌子を用いる事は、本書においてもあまり有効でないとしている。一方で実際の所、これが中々難しくて反省点が多い所である。これもまた本書で指摘されている事だが、我々は問題行動の抑制に嫌子を使う事を強化されてしまっている。これに抗わなくてはならない。更に言えば、アンガーマネジメントも必要である。

何を強化して(しまって)いるのか

応用行動分析の考え方によれば、行動は、その行動の直後に得られる好子により強化される。その点、上述の嫌子の提示による問題行動の抑制は、短期的にはその場の問題行動を収める事が出来る=指導側にとっての好子が直後に与えられるので、強化されやすい。逆に、長期的な取り組みにより効果を期待する類の行動について、その効果そのもののみを好子と捉えて強化する事を狙うのは難しいといえる。応用行動分析的手法を用いてそのような類の行動を強化・定着させる事を狙うならば、長期目標に繋がっていつつ、かつ短期的に個々の行動を強化出来るスキームを組み立てる必要がある。

この、直後の好子が行動を強化するという点、またその点からして考えなければならない論点も本書は指摘している。即ち、その好子が強化している、あるいは、してしまっている行動が何であるのか、分かっていなければならないという事である。典型的な例として、駄々をこねる子供を鎮めるために玩具やおやつ等といった好子を与える行為は、その直前の行動、ここでは即ち駄々をこねる事を強化してしまう。応用行動分析的手法を適用する際には、これを常に意識しなければなるまい。

もう一点、応用行動分析的手法の活用時に留意しなければならない点として本書で触れられている事は、条件性好子を無駄打ちしない事である。強化を意図しない行動の強化に繋がってしまう可能性もある。また、特に強化されるべき事をした訳でもないのに与えられる条件性好子は、その好子としての価値を毀損する可能性がある。極端な例えだが、特に何もしていないのに常に褒められていたら、褒められるという事の特別な価値は無くなってしまう。

好子による強化、という考え方それ自体は極めてシンプルであり分かりやすい。一方で、その実適用については上記のように色々な検討点があり、奥の深さが感じられる。

続き

ここまで、本書の内容から特に好子による強化の部分について諸々の事を書いたが、本書で述べられている事は他にもあり、それについては後続のエントリで触れたい。


  1. 「飼いネコから配偶者まで」である。攻めた副題。この本のことを、妻との間では「飼いネコ本」と呼んでいる。
  2. 原著の題はそんなに攻めたものではない模様。
  3. それら個別のものについては、また別途本を読んでいる所である。欲を言えば、自閉症療育の歴史とともにそれら様々な療育法を俯瞰するような本も欲しくはある。先日読んだ藤居氏の本二冊目は、その目的で読むには少々古い。
  4. 色々な言説をかじってみると、「強化子」という言葉の方が多いように見える。reinforcerという元の言葉の訳(reinforce:強化する・補強する)と考えれば、「強化子」の方が近しかろう。一方、「好子」という言葉にはその反対概念を「嫌子」と表現するときの分かりやすさがある。
  5. 意図せず暗黙のうちに条件性嫌子が成立する事は、ありそうではある。