kolmas.tech note

雑記と思索、偏った技術の覚え書き

行動規範の奴隷

ここ最近の体重増加傾向を見るに、そろそろ再び減量に舵を切らねばならないと思っている。私の身長は170cm強で、そこから導かれる適性体重1は60〜65kgだが、今の体重は75kg程で尚増加傾向にある。また数値的に見るまでもなく、明らかに腹が出てきていて、適正体重の頃に作ったスーツ2がキツくなっている。そのスーツを作ったのは一年半ほど前の事であり、その短期間で15kg程重くなっている訳で、かなりまずい。

間食完全断ちダイエット

実は、以前は体重が85kg近くにまでなっていた時期がある。その頃の検診で肝機能にD判定を貰い3、いよいよ危機感を覚えて減量に着手し、その成果として体重を60kgまで落とせていたのが、上述のスーツを作った時期である。

運動して代謝を上げる事によって痩せるのが最も良いのだろうが、生活の中に新たに運動習慣を取り入れる余裕など無い。必然、摂取カロリーを減らす方向で考える事になり、実際に取り組んだのが、間食を完全に断つ事である。職場には無料で制限なく飲めるカップ自販機と、こちらは有料だが菓子・軽食を置くオフィスコンビニがある。とても良いものであるが、減量の観点からは悪い文化である。これらの利用を完全にやめ、職場で昼食以外に口にするものは冷水機の水だけにした。それ以外にも、ほぼ全ての間食とデザートを止めた。甘党の私には苦行である。当時、自分に許していた甘味は、0kcalのゼリーかICEBOX4くらいのものであった。

その効果は凄まじく、月間2〜3kgのペースで痩せ続け、1年弱で20kg強の減量を成した。肝機能はB判定になり、その翌年にはA判定にまで戻った。出ていた腹も引っ込み、メタボリックシンドローム判定にも引っ掛からなくなった。それまでどれだけの間食を摂っていたのかという話であり、ある時計算してみたら、間食だけで1000kcalを超えていたのではないかと判明してゾッとした。普段から朝食を食べない一日二食生活をしている5が、それにしても摂りすぎであろう。私の体からしたら、ある日突然この1000kcal超のエネルギー供給が失せた形だが、それならそれで備蓄の栄養を使って回していた訳で、人体の適応力には感心する。

とはいえ、これは本質的に不健康な痩せ方ではある。単にエネルギー供給を減らすだけの減量は、ただでさえ低い代謝をさらに下げ、リバウンドしやすくなるという。その結果が冒頭にて述べた現在である。体重が60kgに至ったあたりで、そろそろ間食を多少は入れても良いだろうと考えて「完全断ち」を止めたが、その後は着々と間食量が増えてゆき6、15kgのリバウンドに至っている訳だ。これはこのまま放置したら、恐らくまだまだ増えると思われ、そろそろまた「完全断ち」を再開しなければならなそうである。

徹底する or 何もしない

この減量の話にしても、他の何かにしても、自分の行動について「てきとう」な匙加減で取り組むという事がどうにも苦手である。ここで言う「てきとう」とは、雑であるとかあまり考えずに決めているといった片仮名の「テキトー」と、妥当とか適切・適量といったニュアンスでの「適当」の、両方の意味を含む。

上述の「間食完全断ち」は、それまでの私の生活状態との比較、即ち1000kcal超のエネルギー供給の急峻なカットかつ好物である甘味のほぼ全ての制限、という視点で見ると、かなり苛烈な行動規範であったと思う。ただ、ひとたび自らに行動規範を規定したらば、それを徹頭徹尾、例外なく徹底しないと気が済まなくなる。最早盲目的に行動規範に従っているとすら言えるかもしれない。一度でも行動規範に例外を作ってしまうと、その後早々にその行動規範が瓦解してしまうという精神的な未熟さを自覚していて、それ故、例外を作ることに恐怖している節もある。どうあれ、「てきとう」に出来ない。

そのように行動規範を継続させるという点では、私にとっては、むしろその行動規範が苛烈であればあるほど効果が高いのかもしれない。自分で規定したものとはいえ、苛烈な行動規範に従えている、という事それ自体が一種の快感をもたらしているきらいはある。手段が目的化しているといえよう。若しくは、奴隷の鎖自慢か。その鎖には自分で自分を繋いでいるのであって、そう考えるとマッチポンプ的ではある。

とはいえ、ありとあらゆる物事に対してこの考え方でいると疲弊してしまう。そのため、普段の私は様々なことを気にしないで過ごしているようである。ひとたび何かが気に掛かってしまい、それに対応していると、そのうちにそれが行動規範化していき、それに従う事が目的化する。こうなるともう「てきとう」に出来ない。そうならないように無意識下で、周囲の環境や状況に無頓着でいるようにしているのだと思う。これが周囲7には、特定の物事に関しては「てきとう」にせず病的に徹底する癖に、その他のことに関しては「テキトー」が過ぎる、という風に映るらしい。まぁ、その印象自体には反論の余地は全くない。

その点では、この行動規範化の事例の一つであるところの「間食完全断ち」は、取りやめた後に「てきとう」に過ごす事が出来なかった結果、結局はリバウンドして今に至っている。再度の規範化が必要である訳だが、そうする踏ん切りがまだ付いていない。苛烈な行動規範は、運用し始めれば上述のようにそれ自体が目的化するが、運用し始める事の精神的ハードルは高い。この初動の遅さも問題点ではある。

事例②:洗濯物始末

三男が生まれて以来、家族の洗濯物の始末は主に私がしている。先日もあったような外泊付きの出張等で長期間不在にする際はどうしようもないが、そうでなければ概ね私が洗濯機を回し、また取り込んだ洗濯物の始末をしている。これも私の中では、上述の表現で言うところの行動規範化されている行動である。

我が家で洗濯機を回すタイミングは、基本的には深夜である。深夜電力の活用。ドラム式の乾燥機付き洗濯機であるが、洗濯物の量が一回の洗濯→乾燥で干し切れる範囲を超えているので、一回乾燥なしで洗濯だけを回し、その結果を浴室に干して浴室乾燥機をかけ、次いで残りの洗濯物を洗濯機に放り込んでこちらは乾燥付きのコースで洗濯機を回す。一回目の洗濯の前には、昨夜の洗濯物が洗濯機に入りっぱなしになっているので先にそれを取り込む。また、浴室乾燥機で干した昨夜の洗濯物は、風呂に入る前のタイミングで取り込む所まではしてある。どうせ二回目の洗濯のために一回目の洗濯が終わるまでは待っていないといけないので、その間にこれら昨夜の洗濯物を仕分けて畳む。もっとも、仕分け・畳み作業が終わるより先に一回目洗濯の方が終わるのだが、手を付けたからには最後まで仕分けて畳む。

この工程が、「昨夜の洗濯物」の分量次第ではあるが、概ね一時間半から二時間程度かかる。夜型な子供ら8の寝かしつけ事情や私の仕事都合などがあって、着手するのは概ね23時〜0時頃、従って完了は1時〜2時頃となる。完了後すぐに寝付ける訳でもないので、翌朝が出勤であったりすると、睡眠時間を強く圧迫する。

それでも止めていない。仕分けて畳むのを止めるとか、二回の洗濯の片方を昼間に回すとかすれば、夜の時間の圧迫を減らせる事は分かっている。しかし、翌日に向けて洗い上がった洗濯物を美しく9仕分けて整えておく事が、最早、必ず達されねばならない何かになっていて、止められない。仕分け作業は後である程度役に立つが、美しくしておく事には実質的な意味があまり無いという事も分かっている。それでも、着手するからには徹底的にやらねば気が済まない。また、その作業をしているのなら、その裏で初回・二回目の洗濯を回せば良いという気持ちになり、そちらも合わせて止められない。

病識はあるけれど

間食完全断ちをしていた頃は病的だから止めろと言われていたし、今の睡眠を削った洗濯物始末も病的だから止めろと言われる。私自身も、これらの行動規範が病的であろう事は否定しない=病識は持っているつもりである。何と診断されるものかなどという事は、分からないが。

しかし病識があったところで、止められるかは別の問題である。そもそも、理性で行動を止められる位だったら、その行動について病的であるとは最早言うまい。如何ともし難い所である。

続きのようなものを書いた。 blog.kolmas.tech


  1. カシオの高精度計算サイト、で計算。高精度が必要な計算ではないが、このサイトは色々な計算機能が元からあって便利。いつの間にか運営がカシオでなくなっていた。keisan.site
  2. 宮崎に出張した時、アパレル業界出身の同僚の案内で「宮崎ファクトリー」を訪ねて作ったもの。体系計測してフィットするスーツを作ってくれる。生地も膨大な選択肢の中から選べて楽しい。miyazaki-factory.jp
  3. 酒など全く飲まないくせに。脂肪肝であったのだろう。
  4. 一つ食べても15kcalしかない。素晴らしい。
  5. 朝食を摂るくらいだったら、30分余計に寝ることを選ぶ。
  6. それでもまだ、最盛期の頃ほどには食べていないと思うが。
  7. 両親によく言われる。
  8. 要らん所ばかり私に似よってからに、と思う。
  9. 美しく、とは言ったものの、私は不器用なのでもっと美しく整える人はいるだろう。むしろ、丁寧にやらねば最低限の美しさも保てなかろうという意識。