本エントリにおける私の主張は表題で言い切った。息子らが将来一人暮らしをするような時が来たら、自炊の心得として伝えたいものである。裏を返せば、煮るだけで食えないような食材には手を出すな、という事でもある。1
自炊は面倒
高校三年の末、翌四月から始める一人暮らしに向けた準備を実家にてしていた頃、簡単な料理の方法を母に仕込まれた。恥ずかしながらそれまで料理の経験はほとんど無かった。一応、定番のカレーとか味噌汁とか、鰤の切り身を買ってくれば照焼とか、位は作れるようになった。
さてその上で始めた一人暮らしであるが、真面目に自炊をしていたのは最初の一週間だけである。その一週間中に、大学の学食が平日20時まで開いている事に気付いたのだ。18時頃まで授業があればその後に学食で食べて帰り、そうでなくても、適当な時間まで図書館などで時間を潰してから学食で食べて帰る、という生活になった。また、一人暮らし開始当初は朝食を食べていたのだが、この習慣も早々になくなり、平日の食事はほぼ全て学食、という生活をしていた。
しかし学食は休日には開いていない。仕方がないので、週末は自分で作るかスーパーの惣菜か弁当2、という生活をしていた。週末一人だけで食べ切れる量を作るというのは正直面倒くさい。例えばカレーを作るにしても、そのような量では野菜やカレールーが中途半端に余る。料理慣れしておらず、律儀にレシピ分量を守って作るものだから、そういうことになる。これら中途半端に余らせた野菜は放っておくと腐るので厄介だ。カレールーにしても、開封したものをあまり長期間置いておきたくはない。そういった余り食材を良い感じに消費する料理レパートリーは、それまで料理をほぼしてこなかったズボラ大学生には備わっていない。
一人暮らしを始めて3年経った頃、諸般の事情でそれまでのアパートを引き払って新しい所に引っ越した。引越し先は、目の前にコンビニがあるのに加え、その建物自体の一階に定食屋が入っていた。こうなっては、もう週末の料理も一切しなくなった。
鍋と食材と熱源だけあれば何とかなる
数年間そんな生活をしていた折、試作ケバブのエントリでも触れたが、フィンランド・ヘルシンキに留学する機会を得た。あちらに渡る前に学生寮の手配を付けることができ、生活上の残りの不安は食事だけという状態で渡航した。寮の目の前に小さめのスーパー3があったので、初日などはそこのベーカリーのパンを食べたりしていたが、それだけという訳にはいかない。
幸い、上掲のエントリで記載したように行きつけのケバブ屋やハンバーガー屋が確立され、さらに平日昼は留学先の学食で食べるようになったので、食生活は早々に安定した。とはいえそれでも、週末の食事にはやはり困る。街に出かければ良いのだが、くたびれて出かける気力のない日もある。件のケバブ屋ですら、寮からは1.5kmくらい歩かねばならない4。しかしそれでも腹は減る、ということで何か作るかという事になる。これまた幸いなことに、ある程度の生活用品は備え付けられている学生寮で、二部屋で共同利用するキッチンに加えて、各部屋ごとに鍋とフライパン、食器があった。包丁は共同利用キッチンの備品としてあったが、隣部屋の奴の使い方があまり衛生的でなくて正直使いたくない。その視点でスーパーを見て周り、切らずに食べられそうな食材を買い込んで、鍋に放り込んで煮てみた。
初回は本当に具材のみを水から煮ただけで、あまりにも味気なかった。その反省を踏まえ、二回目はスーパーでスパイスミックスを買ってきて鍋に振り入れてから煮てみた。そうしたら食べられる味、というか十分に旨い鍋になった。この、スーパーに売っている切らずに食べられそうな具材を適当に買ってきて煮る雑多鍋は、その後も何度か作って食べた。

この時買ったスパイスミックスは色々と使えて便利で、留学中に残った分は日本に持ち帰ってきて使い切った。
確実に火を通すには煮るのが一番
フィンランド留学の頃、他に作ったものとしては、以下デイリーポータルZの記事に触発された肉の油煮がある。
この記事によると、油の温度は100度に留めなければならないらしいが、直火でそんな精緻な温度コントロールは私には出来ない。記事ではオーブンを使っているが、そんなものもない。しかし、100度で良いのなら、湯煎するという手が考えられる。そこで耐熱ガラスの容器を買ってきて、そこに件のスパイスミックスを振って冷蔵庫で休ませておいた豚肉の切り身十切れ近く5を放り込む。それが全て浸かるだけの大量のサラダ油を注ぎ込み、蓋して水で満たした鍋に入れる。後は水が激しく沸騰しない程度の火加減で煮続けるだけ。数時間くらい、時々様子を見つつ放置していた6だろうか。最後はガラス容器を取り出して、ある程度冷ました後で冷蔵保存。食べる時は、ガラス容器の油の海から食べる分だけの豚肉を取り出して、フライパンで軽く焼くだけ。すぐに食べられて中々旨い豚肉が出来た。
肉や魚を扱うにあたって、私のような料理初心者が恐れるのは、下手に火の通っていないものを食べて腹を下す事である。塊肉等は特に、焼くなどの調理法で良い感じかつ確実に火を通せる自信は、私には全くない7。その点、煮るという調理法は、時間さえ十分にかければ、何か特別な技能などなくても火を通せたと安心できる。煮過ぎても良くないのかもしれないが、確実に火が通ったであろうという安心には代え難い。それに、その発想で安全時間を過大に取った上掲の雑多鍋と豚油煮、どちらも結構美味しく出来ている。とにかく煮るという、確実に火を通せてしかも旨い調理法は料理初心者の味方である。
ちなみに上掲の豚油煮、湯煎後のガラス容器の中には大量の油の他に、液体全体に占める割合は2割弱程、豚肉のエキスなのか、茶色の液体が出ていた。油より重いために綺麗に層が分かれて沈んでいるこの液体、肉を全て食べた後に上層の油を廃棄して取り出してみると、豚肉からコラーゲンでも出ているのか、冷蔵されてプルプルになっていた。このプルプル豚肉エキス(?)を上掲の雑多鍋を煮る際に追加で入れてみたら、味のレベルが上がった。
雑な煮物は人を拘束しない
更に何が良いかと言えば、とにかく雑に煮るというアプローチは、人を調理作業に強く拘束しない。無論、熱源を使う以上は完全に放置する事は出来ないが、吹きこぼれないよう内容に対して十分容積の大きい鍋を使って弱火放置出来るようにすれば基本的に安全である。電熱調理器やIHならば尚安心。実際、上掲の数時間煮込んだ豚油煮、私は数時間張り付いていた訳ではなく、煮ている横でパソコン開いて全く別の作業をしていた。
一人暮らし大学生の時間は貴重なのであり、自炊ばかりに取られる訳にはいかない。その点、上掲の雑多鍋にしても豚油煮にしても、調理に拘束された時間は具材を鍋に入れて火にかける所までである。安定して煮込んでいる間は、その場を大きく離れる事は出来ないにしても、その範囲内で他の事が出来る。調理時間全体が長いのはその通りだが、実質的な拘束時間がほとんど無い事が重要である。その分、他の家事をしたり、全く関係ないことをしていたり出来る。
無論、ちゃんとした煮物を作るのであれば、具材を切って、下拵えして、目を離さず煮て、というプロセスが必要なのだと想像される。私はその類の煮物は作ったことがない。しかしここでの議論の対象はズボラ大学生の一人暮らしにおける自炊である。雑な煮物で十分なのであり、手間のかかりそうな料理などそもそもしない。そこそこ美味しく食べられるものをいかに手軽に作るか、が重要である。
尚、自炊定番の料理と言えるであろうカレーは、私の基準では雑な煮物に分類されない。あの手の粘性のある煮物は火にかけて放っておくと焦げるからである。火にかけて放っておけないものは雑ではない。基準は下げていくスタイル。
雑に煮ても旨い
そんな生活をした上で日本に帰ってきて、そしてスーパーを見て回ると、雑に煮るだけで美味しく食べられるポテンシャルに溢れていることに気づく。
肉は、牛豚であれば薄切りを、鶏であれば唐揚げ用あたりを買ってくればそのまま煮る事ができる。店によって色々な量で売られているから、適当に選んでパックの中身を全部鍋に入れてしまえば余らせることもない。業務スーパーで1kg超ほど買ってまとめて煮るなどしていた。魚も、生の切り身を買ってきてそのまま煮るのも良いし、冷凍物も扱いやすい。切らないで煮ても、食べる時に簡単に崩せるから何の問題もない。他には例えば豆腐も、パックを開けて水を捨てたら、切りもせずそのまま鍋に入れてしまえば良い。これだけで、タンパク質源はかなり幅広に押さえられる。
野菜類は流石に、包丁を使うつもりでいた方が選択肢が広がる。野菜を切るだけなら、脂っ気がないので包丁などを洗うのもそこまで手間ではない。しかし切らなくても使えるものはある。フィンランド留学時の雑多鍋によく入れていた芽キャベツなどはその例。キノコ類であれば、例えば舞茸やエリンギは手で裂けるし、椎茸は茎をもいで8傘をそのまま煮れば良い。ぶなしめじは株で買うと根本の培地を切り落とす必要があるが、カットぶなしめじを買えば袋を開けて鍋に入れるだけである。カット済みのものを買う、という観点からは、鍋用カット野菜のセットなど色々なスーパーで売っているから、買ってきてそのまま煮ればより野菜が充実する。冷凍野菜も良い。あく取りが必要な野菜の大手どころであるほうれん草や牛蒡、ブロッコリーなどは、あく取り不要の冷凍物が容易に手に入るので、それを煮ておくのが手軽である。一度だけ牛蒡の下処理を手ずからやった事があるが、あんな面倒なことはもう二度とやりたくない。
味付けについても自分で難しいことを考える必要は全くない。味の素「鍋キューブ」に代表される鍋の素を入れれば一発である。ストレートの液体鍋つゆも手軽で旨い。スーパーにて、どの味にするか難しいことを考えずに選ぶのは楽しい。そうして多めの量を作った鍋を2〜3回に分けて食べ切り、最後に残った汁に〆の麺を入れて汁も余さず食べ切る、ということをよくやっていた。そうすれば最終日は米を炊く必要すらない。行きつけの業務スーパーに売っていた以下の麺を買い込んでよく食べていた。 www.fujiwara-seimen.co.jp
肉の油煮も帰国後何度かやっている。色々なフレーバーのスパイスミックスがスーパーで売られている9ので、それだけでバリエーションが付けられる。鶏もも肉に一枚ずつスパイスミックスを馴染ませ、上掲の手順でまとめて油煮にする。食べる時は、一枚ずつ取り出して皮目を軽く焼けば、毎回ジューシーな鶏ももになる。これは妻にも好評であった。
再掲:大概のものは煮れば食える
という経験を経て、大方のよくある食材はひとまず煮ておけば食べられるな、という極致に至った。そう思っていれば、自炊に何の怖さもない。冒頭で述べた通り、息子らが自炊する必要が出てきた時には伝えておきたい事である。
- 炊飯器で炊ける米は例外。↩
- 幸い、スーパーに加えてほっともっとの店舗が徒歩圏内にあった。↩
- Alepaというヘルシンキ都市圏のスーパー。日本のコンビニとスーパーを足して二で割ったような広さの店だが、食料品は大抵揃う。研究室に先にいた他の留学生曰く、比較的店舗数が多く尚且つフィンランドにしては遅くまで営業しているので便利だが、その分価格帯が若干お高め、らしい。en.wikipedia.org↩
- バスもあったが、待ち時間を考えると徒歩とどっこいどっこい。↩
- 1.5〜2cm厚位の切り身で、日本だったらトンカツとかトンテキに使うような見た目の豚肉だった。フィンランドにも似たような料理があるのか?その肉が10枚近く入ったパックで売られていた。↩
- 隣が居ないタイミングを見計らって実施。↩
- ローストビーフとか出来る気しない。↩
- 包丁を使うつもりなら、もいだ椎茸の茎をみじん切りにして鍋に入れるとこれまた味が出て旨い。↩
- その様々なフレーバーの情報を判読できる、というのが大きい。フィンランド留学時代にフィンランド語の勉強はしなかったので、当時、スーパーに売られている大半のものは見た目に分かりやすいもの以外判別できなかった。↩
